会場に入る手前にはテントがあり、写真と焼香台があった。
現実が近づいてきているようで、少し緊張した。
「こちらはお時間の無い方のためのお焼香の場所です。
中でお焼香できますので、そのままお進みください」
係の男性が声をあげる。
暗闇からやってきたせいもあるのだろう。
式場の煌々と照らすライトがまぶしい。
大勢の人が行き交っている。
ここはステージなのだ。
粛々と続いていた列は、式場が近づくにつれ
少しずつばらけていった。
事前に供花した人たちの名前が受け付けのあるフロアにまで
あふれている。
今回は、2005年ハリケーン・カトリーナ支援ライブにゲストで
来てくださったお礼もこめ、ブルース婦人部 homesick recordとして
お花を贈らせていただいている。
だが素早く目を走らせても、どこにあるのか見つからない。
そのうち列は、シーナの歌声が流れる式場に吸い込まれていった。
部屋は前室と、祭壇のある部屋に分かれている。
人の頭の向こうにシナロケの青い旗?が見える。
女性の絶叫に近い声が聞こえる。
いやだなぁと思った。絶叫がいやなのではなく、
そこに行きたくないと思った。
スマホを取り出して写真に収める人、
手を合わせた後、折りたたみ椅子に座り込む人などもいて
祭壇のある部屋はごった返していた。
何列になっているのかわからないが
そのまま進んだ。
供花の札に思いがけず、もう閉店したブルース喫茶の名前を見つける。
会社名でなく、個人名で送られている方もいる。
それぞれがシーナと過ごした時間を思い
形だけではない、哀悼の意を示している。
赤い花で彩られた祭壇の前はますますごった返していた。
後ろにいた男性が泣き始めた。
手を伸ばして、なんとかお焼香を済ませる。
シーナがいつもふっていたタンバリンを指し
触ってもいいですか、とお嬢さんに尋ねる女性もいた。
棺の窓があいている。
少し高いところに置かれていたので
私は少し背伸びをして、のぞきこみ、私は少し身体を堅くした。
目に映ったシーナは透きとおるように美しかった。
赤い口紅。黒い髪。白い肌。
もう一度目に焼き付けたくて、もう一度、背伸びをした。
白い布団にウェーブのかかった黒い髪が
まさに波のように広がっていた。
堅く閉じた目には、つけまつげもしていたようだ。
なぜ目を開かないのだろうと思えた。
シーナ。
呼びかけても笑い返してくれないだけで
いつもよりもっと美しかった。
相当苦しい思いをされていただろうに
いくら覚悟を決めても、未練もあるだろうに
安らかな顔を見ることができたのは、よかった。
お疲れであろう鮎川さんが、立って一人ひとりに挨拶をされている。
いやだなぁと思った。
なんて声をかけたらいいのかわからなかったのだ。
順番が来たので挨拶をすると
手を握って
「せのおさん、掃除機のブログを今日読みました。ありがとう。
マリちゃんとせのおさんのが、心に残りました」
と思いがけない言葉をいただいた。
その瞬間、知らずと涙があふれた。
こんな時に、なんて、あったかい人なんだ。
私の手が冷たすぎるのか
鮎川さんの手が温かいのか。
葬儀が終わると寂しさもひとしおだろう。
ぜひお身体を大事にしていただきたい。
涙のまま表にでると、その金子マリさんがいらしたので
場違いな気もしたが、ジロキチの本のお礼をし
寂しくなります、とご挨拶した。
マリさんは「本当にねえ」と言うと
すぐに「お焼香はお済みですか」と
弔問客に声をかけていた。
金子総本店の人として
そこにいるのだから
ごくごく、あたりまえなのだ。
でも、あのブログを読んでいたから
その飄々とした仕事ぶりに
逆にぐっとくるものがあった。
一夜明けて、今日は青い空。
あの黒い豊かな髪と真っ赤な口紅が似合うシーナの
肉体は、悲しいけれど灰になって空に上っていったのだろう。
でも、私は忘れない。
みんなも忘れない。
何千人もの心の中で、シーナは呼吸している。
生きるとは、
他の誰かの中で息をすることなのかもしれない。
たくさんの人に送られたシーナと
鮎川さんの誰一人ないがしろにしない心に触れ、そう思った。
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