2017年4月17日(月)2部
とにかく、それでは失礼します。
私は脂っぽい頬に粉をはたいて、そそくさと仕事場を後にした。
こんな日に限って、校正に下版が2本。
でもbillboardに行かなくちゃ。
待ちに待ったスペンサー・ウィギンズだもの。
エレヴェーターを降りると、バーゲン会場のような人ごみだった。
実際、会場も満席と言ってよいだろう。
ソロモン・バークが来た時、どうして日比谷野音が満員にならないのだ!
と憤慨したものだったが、広さが違うとは言え、王様よりはよほど知名度のないウィギンズ・ブラザーズに賭けるこの情熱はいったいなんだろう。
◆まずは兄パーシー・ウィギンズ(percy wiggins)から。
ステージは、あおり立てるMCもなく、さらりと始まった。
バンドは管が2本に、ギター、リズム隊、オルガン。
ホッジス兄弟が慣れた調子で定位置に着いたとき
「かっこいい・・・」とつぶやく。
しかし実際、楊枝のような何かを加えたリロイ。
クールなチャールズ。2人とも醸し出すムードがかっこよかった。
ちょいワルな風体ながら
飄々と、しかし120%の力で美しくこなす様は、プロ!だった。
シルバーのジャケット。
演歌歌手のような佇まいで、まずはパーシーが登場。
“Love and happiness”のイントロで
サザン・ソウル・ファンのハートを鷲づかみだ。
この曲、ギター、ホーン、ついでに言えば女性コーラスまで
三位一体の形式美に酔わされる歌。
ホッジス兄弟は言うまでもなくホーンも頑張っていた。
が、ペーパーボーイ・リードのトラで入ったギタリストは今ひとつ。
感じのいい人だったし
譜面を見ながら検討していたとは思うが
なにしろ都内で活動するジャズ系の人なのだ。
そこまでの味は求めるべくもない。
ドラムスのデリック・マーティンは
シル・ジョンスンやヘンリー・グレイの来日公演もサポートしていた人だろう。
派手なアクションで場をわかせてくれた。
若い2人のホーンも力いっぱいだ。
他のステージでは、ホッジス兄弟が
ミスに苛立つ表情を見せた場面もあったようだ。
だが、全員がこのステージが特別なものであることを
理解している、ほどよい緊張感が感じられた。
スペンサー・ウィギンズというシンガーへの
リスペクト無しに、今回の公演は成立しなかっただろう。
そつのない調子でパーシーは
にこやかに歌い続ける。
温もりのあるたっぷりとした歌声は期待以上のもの。
代表曲の“Book of memories”は
さすがに歌い慣れた感じもあり
パーシーの持ち味がもっとも感じられた。
◆一声入魂 スペンサー・ウィギンズ
・・・と、そのとき左手がざわめいた。
オルガンの所に支えられるようにして立つ
黄色いジャケットのガタイのいい人がいる。
あれ? あれがスペンサー・ウィギンズ?!
事前にYou tubeで確認はしたし
そういえばディスクユニオンの黒汁通信の特典DVDに
おじいちゃんになったスペンサーが映っていたはずだ。
だがアタマの中の大半を占めているスペンサー・ウィギンズは
ゴールドワックス時代、もっといえばあのジャケット写真のままだ。
にらみつけるような凄み。
その老いた姿と、あの頃の姿とが
瞬時には重ならなかった。
歓声の中、1曲目のイントロが始まる。
あれ、この哀愁を含んだメロディは
ロンリー・マンだ!!!
♪アマロォンリメェーン
うわわわわ。
Mちゃんと思わずハイタッチ。
一声が刺さった。
会場の空気もざわっと揺れている。
日向のような温もりを持つパーシーに対し
むしろ陰影を
そうか、あのシャウト以上に
この蔭の部分に、私は惹かれていたのか。
さすがに高音のノビはないものの
むしろだからこそ、陰影が際立つ。
“Up Tight Good Woman”では
ブレイクしては何度もUp Tight! を繰り出して
お客さんも煽る。
リズムを捉える力はまったく衰えていない。
これはもう、ずっこけては起き上がるような伝統芸の範疇。
「案外、お茶目な人なのかも」とYさんが言う。
なにしろ、ときどき片手をひらひらさせて合図を送るくらいで
岩のように一点からほぼ動かない。
しかも正面ではなくやや斜め下に視線を落としたままだ。
客席にステージを向けたくらいだから
Fameのジャケ写みたいに
若い頃はもう少しアクションの見せ場もあったかもしれない。
体調も万全ではなかっただろう。
だが、それを差し引いても
苦渋がにじみ出る表情をした
シンガーには滅多にお目にかかれない。
必要以上に自分をでかく見せようとするでもなく
オンナに媚びるわけでもなく
ただ、そこにいる。
アメリカに行っても見られない
とても貴重なものを目撃しているのではないか。
私は途中からどきどきしていた。
この日の後半では“I Can't Be Satisfied”が
響いた。
I'd Rather Go Blindが聴けなかったのは
残念だが、もはや何の曲がどうした、ということは
重要でなかった。
ライブで、スペンサーが歌っているということが
事件だった。
往年の録音とはまた別のもの。
スペンサー・ウィギンズという体験を
私は堪能し、
歌い切ったその背中に惜しみない拍手を送った。
[2]に続きます。
-------------------
◆第2部セットリスト
1 Love and Hapiness
2 Can't find Nobody to Take Your Place
3 Look What I've Done To My Baby
4 It Didn't Take Much
5 Book of Memories
6 never found a girl
----------
1 Lonely Man
2 Uptight Good Woman
3 What Do You Think About My Baby
4 Old Friend
5 He's Too Old
6 The Kind Of Woman That's Got No Heart
7 I Can't Be Satisfied
8 I'm At The Breaking Point
9 Double Lovin'
10 Bring It On Home To Me