2017年4月25日火曜日

スペンサー・ウィギンズがやってきた![2] 雑感

スペンサー・ウィギンズ 続きます。

◆揺さぶられたもの[1] シンガー、スペンサー

私はいろんなものに、心を揺さぶられていた。

もちろん、まずはスペンサー・ウィギンズに。

思ったより声は出ていたが
老いは明らかだった。

それでもスペンサーは素晴らしかった。

ひとりのシンガーとして、責務を背負って立つ。
そんな凄みを感じた。

今の自分を、できることもできないことも
全て絞り出したような歌。

ゴールドワックス、フェイムに録音のチャンスを得ながら
結局、ヒットに恵まれることもなかった彼は
嫌気が差して歌うのを辞めたとか
行方不明になったという噂まであった。

近年マイアミのチャーチでゴスペルを歌っていることは
知られていたが、その間シンガーとして、
それ以上にひとりの人として
長い間、何を思い、どう過ごしてきたのか。

そうした人生が透けて見えるような歌であったからこそ
多くの人の心を揺さぶったのだと思う。

今回改めて感じたが、いい歌ばかり。
でも、運やタイミング、いろんなものを味方につけないと、
それだけでは売れないんですねえ。

でも・・・。
ほとんど更新されていないスペンサーの
facebookを見つけたんだけど
<以前の勤務先 singer>
って書いてあった!

以前の~というところをどう受け取るべきか複雑ですが
うれしいじゃないですか! Singerなんですよ!
Spencert Wigginsは!!

遠い日本まで来てくれて、本当にありがとう。

https://www.facebook.com/spencer.wiggins.5

◆揺さぶられたもの[2] お客さん

会場に集まった満員のお客さんたち。
関東圏以外から、平日にもかかわらず何人もの人が足を運んでいた。
挨拶こそしなかったが懐かしい人の顔も見かけた。

サザン・ソウルという名で一括りにするには
あまりに多彩な顔ぶれだ。

若い方もいたようだが、ほとんどの人は
GOLDWAXのあのレコードで
出会ったのだろう。

日本のサザン・ソウルの幕開け期を代表する一枚。
高校生から20代にかけて
無心でブラック・ミュージックを追いかけていた頃を
重ねた人も多かったのではないだろうか。

その延長上に、このスペンサー・ウィギンズの公演がある。

皆、年をとった。
順風満帆か、苦労の連続か
いずれにしてもいろいろなことがあっただろうが
こうして一つの所に集まっているのだ。

スペンサーの歌は40年の歳月を超えた。

そういう意味でまさに奇跡の来日だった。

世界に知られた大スターでなくても
スペンサー・ウィギンズは
音楽を聴いていた時間の中で
みんなにとって特別な存在なのである。


ヴィヴィドから最初のアルバムがリリースされたとき
私は高校生だった。
きっかけは、ホトケさんのブルーヘヴンが
カヴァーしていた“I'm Working Out On You”だ。

ヴィヴィドから言葉は悪いが、あの田舎のちょいワルが
カッコつけました、という雰囲気のアップ写真には
かなりインパクトがあった。

そしてその後、数年前の素晴らしいFAME集が
ダメ推しになったわけだが
この公演でますますスペンサーのアルバムは
大切な一枚になった。


今年の秋にはブラザーズでのロンドン、マンチェスター公演も
決まっているらしい。
最後の公演になるだろうと覚悟していたけれど
叶うなら、もう一度 出会いたい。













スペンサー・ウィギンズがやってきた「1」その日

2017年4月17日(月)2部

とにかく、それでは失礼します。
私は脂っぽい頬に粉をはたいて、そそくさと仕事場を後にした。
こんな日に限って、校正に下版が2本。
でもbillboardに行かなくちゃ。
待ちに待ったスペンサー・ウィギンズだもの。

エレヴェーターを降りると、バーゲン会場のような人ごみだった。
実際、会場も満席と言ってよいだろう。
ソロモン・バークが来た時、どうして日比谷野音が満員にならないのだ!
と憤慨したものだったが、広さが違うとは言え、王様よりはよほど知名度のないウィギンズ・ブラザーズに賭けるこの情熱はいったいなんだろう。

◆まずは兄パーシー・ウィギンズ(percy wiggins)から。

ステージは、あおり立てるMCもなく、さらりと始まった。
バンドは管が2本に、ギター、リズム隊、オルガン。

ホッジス兄弟が慣れた調子で定位置に着いたとき
「かっこいい・・・」とつぶやく。
しかし実際、楊枝のような何かを加えたリロイ。
クールなチャールズ。2人とも醸し出すムードがかっこよかった。
ちょいワルな風体ながら
飄々と、しかし120%の力で美しくこなす様は、プロ!だった。

シルバーのジャケット。
演歌歌手のような佇まいで、まずはパーシーが登場。
“Love and happiness”のイントロで
サザン・ソウル・ファンのハートを鷲づかみだ。

この曲、ギター、ホーン、ついでに言えば女性コーラスまで
三位一体の形式美に酔わされる歌。
ホッジス兄弟は言うまでもなくホーンも頑張っていた。
が、ペーパーボーイ・リードのトラで入ったギタリストは今ひとつ。
感じのいい人だったし
譜面を見ながら検討していたとは思うが
なにしろ都内で活動するジャズ系の人なのだ。
そこまでの味は求めるべくもない。

ドラムスのデリック・マーティンは
シル・ジョンスンやヘンリー・グレイの来日公演もサポートしていた人だろう。
派手なアクションで場をわかせてくれた。
若い2人のホーンも力いっぱいだ。

他のステージでは、ホッジス兄弟が
ミスに苛立つ表情を見せた場面もあったようだ。

だが、全員がこのステージが特別なものであることを
理解している、ほどよい緊張感が感じられた。
スペンサー・ウィギンズというシンガーへの
リスペクト無しに、今回の公演は成立しなかっただろう。

そつのない調子でパーシーは
にこやかに歌い続ける。
温もりのあるたっぷりとした歌声は期待以上のもの。

代表曲の“Book of memories”は
さすがに歌い慣れた感じもあり
パーシーの持ち味がもっとも感じられた。


◆一声入魂 スペンサー・ウィギンズ

・・・と、そのとき左手がざわめいた。

オルガンの所に支えられるようにして立つ
黄色いジャケットのガタイのいい人がいる。
あれ? あれがスペンサー・ウィギンズ?!

事前にYou tubeで確認はしたし
そういえばディスクユニオンの黒汁通信の特典DVDに
おじいちゃんになったスペンサーが映っていたはずだ。

だがアタマの中の大半を占めているスペンサー・ウィギンズは
ゴールドワックス時代、もっといえばあのジャケット写真のままだ。

にらみつけるような凄み。
その老いた姿と、あの頃の姿とが
瞬時には重ならなかった。

歓声の中、1曲目のイントロが始まる。
あれ、この哀愁を含んだメロディは
ロンリー・マンだ!!!

♪アマロォンリメェーン

うわわわわ。
Mちゃんと思わずハイタッチ。
一声が刺さった。
会場の空気もざわっと揺れている。

日向のような温もりを持つパーシーに対し
むしろ陰影を
そうか、あのシャウト以上に
この蔭の部分に、私は惹かれていたのか。

さすがに高音のノビはないものの
むしろだからこそ、陰影が際立つ。

“Up Tight Good Woman”では
ブレイクしては何度もUp Tight! を繰り出して
お客さんも煽る。
リズムを捉える力はまったく衰えていない。

これはもう、ずっこけては起き上がるような伝統芸の範疇。
「案外、お茶目な人なのかも」とYさんが言う。

なにしろ、ときどき片手をひらひらさせて合図を送るくらいで
岩のように一点からほぼ動かない。
しかも正面ではなくやや斜め下に視線を落としたままだ。

客席にステージを向けたくらいだから
Fameのジャケ写みたいに
若い頃はもう少しアクションの見せ場もあったかもしれない。

体調も万全ではなかっただろう。

だが、それを差し引いても
苦渋がにじみ出る表情をした
シンガーには滅多にお目にかかれない。

必要以上に自分をでかく見せようとするでもなく
オンナに媚びるわけでもなく
ただ、そこにいる。

アメリカに行っても見られない
とても貴重なものを目撃しているのではないか。
私は途中からどきどきしていた。

この日の後半では“I Can't Be Satisfied”が
響いた。
I'd Rather Go Blindが聴けなかったのは
残念だが、もはや何の曲がどうした、ということは
重要でなかった。

ライブで、スペンサーが歌っているということが
事件だった。
往年の録音とはまた別のもの。
スペンサー・ウィギンズという体験を
私は堪能し、
歌い切ったその背中に惜しみない拍手を送った。

[2]に続きます。
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◆第2部セットリスト

1 Love and Hapiness
2 Can't find Nobody to Take Your Place
3 Look What I've Done To My Baby
4 It Didn't Take Much
5 Book of Memories
6 never found a girl
----------
1 Lonely Man
2 Uptight Good Woman
3 What Do You Think About My Baby
4 Old Friend
5 He's Too Old
6 The Kind Of Woman That's Got No Heart
7 I Can't Be Satisfied
8 I'm At The Breaking Point
9 Double Lovin'
10 Bring It On Home To Me












2017年2月28日火曜日

梅のライトアップ

息子と連れだって
羽根木公園にでかけた。

梅祭り40周年を記念して
週末にライトアップをしていると聞いたからだ。

羽根木と言えば、紅梅270本、白梅380本
あわせて約650本があって
この時期は、たいへんな人出だ。

久しぶりに、とんかつたむらで
談春師匠もごひいきだという
味噌だれ定食を食べ、
少しばかりうきうきしながら、公園に向かった。

意外に人けはまばらだ。

しかし、というか案の定というか
ライトアップは、ここのことだよね?
と幾度か、息子に尋ねるくらい地味なものであった。

梅をところどころ地上から白いライトで照らし
階段にはぽつりぽつり灯ろうよろしく
白熱灯が置いてある。

案外、たいしたことないな、とすれ違ったおじさんがつぶやいた。

「梅は香りがあるからいいよな。桜と違って」
と独り言のように家族に話しかけている、これもおじさん。

それでも、見上げれば闇夜に雲が浮かんで
余計な音楽も、宴もない分
静かなる春の宵ではないか。

ずうっと変わらぬ谷内六郎のポスター
毎年変わらぬ梅ヶ丘駅改札前の
必要もないのに、つい欲しくなってしまう陶器や民芸品。
花なんか誰も見ちゃいない
焼きそばと焼き芋を頬張る人々の喧噪。

そんなご近所ならではの羽根木公園が好きだ。

2017年2月21日火曜日

シモキタとダッカ

息子いわく
生まれ育った下北沢とバングラデシュ(正確にはダッカか)は似ているそうだ。

まさか、と笑い飛ばそうとしたが
写真を見せられて、確かに似ているとおもった。

今のセンター街化した南口じゃなくて
90年代までの一番街あたりかな。

間口の小さな店と看板が肩を並べ
道の両側からそれぞれに話しかけてくるような、あの感じ。

人々は、時に目をみはるようなカラフルな服で
思い思いに歩いている。

将来はバングラデシュに引っ越そうかな
とうそぶく彼にニヤリとする。

「ということは教育効果があったってことだな。
生きていくと、いろんな人がいる。
人生は混沌としているってことを教えたかったから」

サラリーマン家庭ばかりがひしめく街で
子育てはしたくなかった。
できれば、八百屋も魚屋も服屋も畳屋もある商店街で
ミュージシャン、劇団員、会社員も医者も工員の子もいるような
渦の中で育ってほしかった。

漁村では、農村では、炭鉱町ではどうなのか。
当時はそこまで思いが至らなかったが
とにかく背広を着た会社員の子どもしかいないのは
物足りないと思ったのだった。

結果として、わたしたちは銭湯の上にしばらく暮らすことになった。

息子が期待どおりたくましくなったかどうかは
わからないが、とりあえず人生いろいろは
感じているような気がする。

そんな彼に本棚から
どうぞと『下北沢ものがたり』を貸した。




2017年2月20日月曜日

ごろごろしながら

どうなっておるのだ。

先週は、謎の腹痛(だいたいが病気は謎であるが)と頭痛に微熱で
2日ほどふらふらであった。

連休中は、夜遊びしていたので
その代償と言えなくもないが
それにしても身体が弱っている。

おじいちゃんや、おばあちゃんは
昼間でもうとうとしている。

ああして、だんだんだんだん眠る時間が増えて
やがて目覚めなくなるのかもしれない。

赤ん坊はその逆で
だんだんだんだん目覚めている時間が増えていく。

寝ている時間が多かったので
年末から今まで映画を観ることが多かった。

前にも言ったように寅さんは49本観たし
新しいところでは「あん」。
ドリームガールズも、また観た。
アニメの「昭和元禄落語心中」は毎週更新が楽しみだし、
実際のところ国営放送さんには申し訳ないが
テレビもワンセグもいらないのである。

iPadがあれば、
寝っ転がってでも映画が見れるんだからなあ。
AmazonプライムビデオやGYAOのアカウントは
ショッピングサービスなどと併用だし
NetFlixや MUBIあたりまで手を伸ばせば
一日でも二日でも転がって映画を観ていられる。

わたし、働かずに済むなら毎日こうしてるわ。

息子に言った。

何年か前に、会社員の人たちがごはんを食べながら
定年後は時間をきにせず、スカパーをみつづける!と
目を輝かせていたが、今はそうした契約さえ不要になりつつある。
媒体が交替するスピードもまた、想像をはるかに超えて早い。

と思ったら、今日ソニーのスタジオに
カッティングマシーンが導入され
ダイレクトカッティングも可能だというニュースを読んだ。

実際は、デジタルとアナログ技術のいいとこどりにはなるだろうが
写真を見るだけだと
すぐにでもマッスルショールズの時代にでも戻れそうだ。

過去から未来へ。未来から過去へ。時間の流れに酔っ払いそうである。

2017年2月2日木曜日

運河のそばへ

◆取材

日本語教師、ホームステイ受け入れをしている方と
帰化してバリバリものづくりビジネスを展開する方への取材。

期せずしてお二方とも
同じ釜の飯を食う、家でも居酒屋でもいいから
一緒にごはんを食べたり、飲んだりすることから
生まれる関係の楽しさを語っておられた。

一方的にもてなすという堅苦しさはどうなのだろうと
「おもてなし」という発想に
疑問を投げかける話も面白かった。

時と場合によっては
おもてなしは、もてなす側の自己満足だったり
押しつけだになってしまったりすることもあるだろう。

この日は動画ニュースチームと一緒だった。
動画プロジェクトを始めた身には
機材や撮影の様子がとても気になる。
今は、キヤノンの一眼レフに
あれこれ取り付けたカメラ一台。
サブが一台と軽装だ。

ああ、機材がほしい。
じっくり編集がしてみたい。
何より撮影センスがほしい。

◆運河沿い

取材終了後、界隈を軽く散策する。

海に流れ込む手前の小さな川と運河。
船だまり。
工場の間を通り抜けたどんつきには小さな公園がある。
集まってくる野良猫たち。
捨てられたのか、血統書でもついてそうな猫も
ちらほら混ざっている。

水門はどこも行く手を阻むものだと思っていたら
呑川水門は
階段を渡って向こう岸に通り抜けられるようになっていた。
こんなに近くで水門を見上げたのは初めてかもしれない。

人気はほとんどない。
たまに、すれ違うとすればそれはみんなおじさんだ。
自転車のカゴに乗せた缶コーヒーの口から
たぷったぷっと
中味をばらまきながらどこかへ行く、そんなおじさん。

川も海も好きだが
運河は生活の匂いが近い。
だから、なおのこと好きなのだろう。

海も川も時に果てしなくさみしすぎる。

2017年1月31日火曜日

DJの楽しみ

◆ビヤイベントでDJ

1月末の金土日は
横浜大さん橋ホールでのジャパンブルワーズカップ。
国内外クラフトビールのお祭りだ。
天気にも恵まれ、昨年以上の人出だったという。

私はブルース婦人部というグループのメンバーとして
ここ3年ほどDJ、つまりは会場内のBGMを担当している。
婦人部といっても、もはや男性の方が多い。
そろそろ名前を変えた方がいいのではなかろうか。

身体を揺すっている人がいたりすると
DJ冥利につきる。
誰かのために選曲するのが好きだ。

今年は外国人の方から、ジョニー・キャッシュの
リクエストがあったらしい。

楽しいイベントでは
カントリーミュージックなんだよなあ。やっぱり。
フォーキー好きとしては
このあたりももっと攻めたいところだ。

ああ、家にDJセットがほしい。

選曲は主宰者さんがハーモニカ・ファンとのことで
ブルース、ソウルのハーモニカ・ナンバーを中心に。
最近はそこにビールが進みそうなナンバーも混ぜている。

今年は、日本のバンドもがんがんかけた。
サウンドとしてまったく差異がないどころか
最近の録音ということもあって
イキがいい。
特にコハ・ラ・スマートがハーモニカをブロウしまくる
スマート・ソウル・コネクションの反響にはうれしかった。

他にKOTEZ & YANCY、monster大陸、松田幸一
Bloodest Saxophone、Weeping Harp Senoh
まだまだ大音量で聴いてほしい演奏はある。

ハーモニカといえば、各日の
一流ハーモニカプレイヤーのステージも楽しみだ。
今年はパリに拠点を持つ清野美土率いるハモニカ・クリームズ。

海外でキャリアを積んでいるだけあって
客席との距離感のとりかたもさすが。
アイリッシュ+ブルースといったジャンルの境目なく
スケールアップしたステージだった!

◆海、空、船

大さん橋ホールは、日本大通りという
みなとみらいの2つ先の駅から10分ほど
海に向かって歩いた場所にある。

初めて行ったときは驚いた。

横浜の海、空、がとにかくでかい。
ベイブリッジが見える、大観覧車が見える。
観光船が行き交っている。
そして国際旅客船ターミナルを備えているだけあって
紙テープの似合う大きな旅客船も停泊している。

また構造自体もダイナミックで
クジラのような躰体の背は、起伏のあるウッドデッキになっているのだ。

若いとき、こういうところでデートするとか
のんびり過ごすとか、そんな時間を過ごしてみたかったものだなあ。

そういえば、7時頃、カフェの前を通ると
女性どうしでおしゃべりしてるのがうらやましい。
結局そういうこともしてこなかったんだなあ、私は。
結婚するまで、よほどのことがない限り
ほとんど毎日夜7時には家にいたはずだ。
なんちゅうこと。


この日。

大さん橋ホールに向かう途中ごーんごーん、ごーんごーんと鐘が
重い音で響いていた。
礼拝の開始を報せる教会の鐘だった。
小走りに礼拝堂への階段をあがっていく女性が見えた。

私の知らない、いろんな時間がある。



2017年1月24日火曜日

葬儀番外編

葬式に行く前に
葬祭用のバッグを引っ張り出してよくみたら、角がすれていた。

困ったなあ、と2つのバッグに分けていると
貸してあげましょうかと息子。

気持ちはうれしいが
しかし、さすがにporterのショルダーというわけにはいくまい。

最近は、もう黒ければ構わないわよねえと
叔母たちも集まるとうなずいているが
いくぶんフォーマルな黒いバッグがほしい。

あなたの持ちものは、赤いのばっかりですからね。

息子はそういって私を送り出した。

五反田。

バスの発車まで時間があったのでコンビニで、
白のハンケチ、そして、コーヒー。
手持ちのハンケチの類はみんな柄ものだったのだ。

クジをお引きください、と促されるままに
クジボックスに手を入れると
「アタリです。お持ちになりますか」
と店員さん。

反射的に、はい、と答える。

だいたい、この手のあたりは
店内にある、ちょっとしたお菓子か、ドリンクなのだ。

だが、こともあろうか
店員さんが持ってきたのは
箱に入った太田胃酸だった。

面食らう。

まあ胃が弱いのだからいいかと思いながら
小さなバッグにぎゅうぎゅうと太田胃酸を押し込んだ。

葬儀も精進落としも終わり
帰りはいとこの車で五反田まで送ってもらえた。

そしてそのまま新宿のタワーレコードへ。

帰りは真っ黒装束に黄色いタワレコの袋がワンポイントになった。

2017年1月23日月曜日

いとこの葬式

5つ下のいとこが亡くなった。

しばらく患ってることは噂に聞いていたが
急なことだったらしい。

三田の叔母がごはんを呼びに行ったときには
もう事切れていたそうだ。

お通夜には参列できなかったので
葬儀に出席するため、桐ヶ谷へ行く。
五反田からバス。

でっかい斎場の方かと思ったら
正面のお寺がその場所だった。
親戚は大方、2階に集まってお茶を飲んでいた。

叔母の家の隣にあるお寺の和尚さんが
お経をあげにきた。
お経をあげながら、指先や手のひらで器用に様々なポーズを
作るのでちょっと驚くが
ソワカ、という文句に真言宗だと気づく。

昔、取材で歩いたとき
真言宗のお寺にこの文言をあげるよう記してあったのを
印象的な響なので覚えていた。

最期のお別れだと
お棺のそばへ促される。

じっとこらえていた叔母が
よくがんばった、と声をかけた。

小さい頃は、千葉の九十九里に近い母の田舎に
親戚があつまると、仏間に子どもたちが並び
まだ若かった伯父の合図で
順番に(年の順が多かったと思う)
でんぐりがえしをしたり
飛んだり跳ねたりしたものだ。

そのころの、にこにこした顔しか思い出せないものだから
お棺の中に横たわっている男性は
もう別のものだった。

運転免許証を拡大したという遺影のほうが
まだ面影があった。

ふと気づいたが、今は石でお棺を打たないのだろうか。

歩いて斎場に移動して火葬場へ。
なにしろここは江戸時代の黄金餅に描かれた焼き場だ。
規模が大きい。

5つか6つ焼き場が並んでいて
うちよりも、もっとこぢんまりと家族が集まっている所もある。
品のいいおばあちゃんが遺影で微笑んでいる所もある。

そつなくことは進んでいく。
2階にあがって円卓で、お菓子をつまんでいたら
1時間ほどして館内放送で呼ばれた。

炉のふたが開いて
がらがらと台が出てきた。
こんなに少なくなっちゃうのか。
のぞきこむと白い塊のようにも見えた。
祖母や父の時と印象が異なり
言葉は悪いが、きれいに焼けたということか。

係の人が喉仏がきれいに出ていますね、と見せる。
この穴の空いているのは耳です。
反対側もよく出ています。

叔母達から感嘆に似たため息がもれる。

骨壺には、その耳の骨、喉仏、そして頭蓋骨の破片を
かぶせて、お経の書かれた紙を入れてフタをした。
最後に、小さいちりとりとほうきで集めるのが
しかたないとはいえ、いつもいやだなあと思う。

あんなに白いかたまりになってしまったのに
重たいですから男性の方が持ってください
というのが意外だった。

また火葬場からもとのお寺に戻るときに
遺影を持っているいとこが転んだ。

私は母が転ばないように
腕をつかんだ。








2017年1月20日金曜日

びしょびしょバッグ

会議のため、いつもより早く家を出る。

バッグを肩にかけ、しばらくすると
なんだか腰のあたりが冷たいような気がする。

なんだろう、と思いつつも
駅に急ぐ。

ホームでバッグの中を見ると
水筒(あるいは携帯マグ)から
お茶がこぼれでていた。

あわてて取り出すと軽い。
2/3はこぼれたようだ。

たまにやるのだ。
バッグのファスナーを閉め忘れるように
きっちりフタを締めなかったにちがいない。

けさは、張り切って青汁を2パック濃いめに出したのに。

水筒カバーはびしょびしょ。
読んでる本のはじっこは、緑色になっている。
外側からバッグの底に手をあてると
心なしかしめっている。

資料には被害が及んでいないのを確認して
サブバッグに移し替え
ありったけのティッシュで吸い上げて
電車に乗り込んだ。

どうせ少ないのだから
被害を広げないよう飲んでしまおう。
うん、いい考えだ。
山手線のシートに腰をかけ
口をつけてぐいと喉に流し込もうとしたら
両側から。よだれのように
だらだらこぼれるではないか。

なんなんだよー。

あわてて指先でぬぐう。

クリームホワイトの襟巻きに
青汁色の筋がついた。

まだ締め方がゆるいのか。

とりあえず、私はきちんとした社会人でるという
顔をして平静を装う。

目的地に着いても頭の中はお茶のことばかりだ。
会議のときに喉がかわくかもしれない。
ほぼ空っぽの水筒に、お茶を足そう。

私はまっしぐらに
コンビニに寄って、あたたかいお茶を買い
店の外で水筒に移し替えた。

きゅっきゅっとフタを締める。
完璧だ。

私は意気揚々と会議室に一番ノリし
席につくと、テーブルの上にピンクの水筒を出した。

続々と関係者が集まってくる。

さあ、始まる前にお茶で喉を潤しておこう。
・・・・と、なんたることか。
私の口の両側からは、またよだれのように
お茶がこぼれ落ちた。

恥ずかしいったらありゃしない。
改めてフタをあけて
その時ようやく気づいた。

フタの裏のパッキンがない!
この前、ちゃんとしようと思って
分解して重曹で洗ったのが裏目に出てしまった。

私は帰ると
びしょびしょバッグからすべてのものを
他のバッグに移し
洗濯機にかけた。

台所のどこを探しても見つからない
パッキンはAmazonで頼むことにした。
324円、送料150円だった。



2017年1月18日水曜日

ちゃんとする

まだ耳鼻科の
薬を飲んでいる。
かれこれ1か月飲んでいる計算になる。

シモキタまで歩いて髪の毛を切りに行く。
3か月半ぶりだね、と美容師のAさん。

Aさんとは、なんとまあ30年ものつき合いになる。
いつもおしゃれで、あまり変わらないように見える男性のAさん。
鏡に映る明らかに年を重ねたわたし。

それにしても、Aさんはカットがうまい。

私は前髪を短くした。
丸い顔の輪郭をさらに強調したボブスタイルだが、
落ち着くのでよし。

100円ショップに寄り
ようやく、ガス台の下に敷いてあった
アルミマットを取り替える。

ガス台の後ろに立てるアルミのついたても。

それだけで、ちゃんとしている人の気分になれた。

発掘したセーター2枚も洗った。
洗濯もんも、ちゃんと干せるとうれしい。

何か事件があると、よくベランダに干した洗濯ものが
報道されるので
何があってもいいように
できるだけ恥ずかしくないように干そうと心がけている。


勢いがついたので
コーヒーメーカーに食用の重曹を入れて
洗浄をかねて湧かす。

さぞや、おいしい珈琲が入ったであろうと
すぐに淹れてみたが
重曹がまだどこかにくっついていたようで
なんだか酸っぱいような味がした。

2017年1月8日日曜日

爆発する女

崎陽軒のシウマイ弁当と炒飯弁当を手に
夕方、帰ったら、息子がいなかった。

28にもなるオトコがいなくても
どうということもないのだろうが
なにしろ小学校から学校に行かず
就職したこともない彼が
家にまったくいなかった日は
ほとんどないのである。

彼は酒もやらぬし、タバコも吸わぬ。
夜通し遊ぶなどということもない。
ひまさえあれば
ティファールでお湯をわかし、様々なお茶を飲んでいる。

先日、誕生日だからと近所にできた
イタリアンレストランに行った際も
彼は断固、水を頼むことを主張した。
もちろん私も、ライブ以外でお酒を飲むことはほぼないのだが
さすがに水では申し訳ないと思い
オレンジ・ジュースを2つ注文。

しかし、あとから、オレンジ・ジュースなど飲みたくなかった
気を遣って注文する必要はない、と言われたのだった。

好みのタイプを尋ねると
爆発した女性だそうである。
例として以前はオノ・ヨーコをあげていたが
外見の問題ではないそうだ。

私はどうか、と聞いたら
爆発力が足りないそうである。

それほど魅力的で才能のある女性に
太刀打ちできるとも思えないが
言われてみれば
私は良き嫁、良き母として見えるように
そのたびごとに軌道修正して
ガス抜きしてきたのかもしれない。

そして、いつのまにか、ちんまりと
形のない常識をかむっているのだろう。

そのことに息子は気づいて
物足りない、と思っているということか。

では、どうすれば。

2017年1月5日木曜日

はじめてのピッツァ

耳の調子はよくなってきたが
こんどは鼻の具合が悪い。
夜中に咳き込む。

また別の風邪をもらったのだろうか。

野暮用で
下北沢へ。

急ぎの仕事があったが
せっかくなので古本屋「ほん吉」に寄り道。
『浅草のひと 久保田万太郎から渥美清まで』(鈴木としお)
を一冊購入。

音楽の棚に
「ブルース・レコード・ガイドブック」が並んでいた。
状態はいい。1,400円。

20代のときに編集の末端に名前を連ねた本。
原稿も書いた。

2年も歳月をかけている間に
レコードの時代は終わり
CDの時代が訪れようとしていた。

原稿はまだ手書きだった。

ファクシミリが編集部にやってきたのも
あの頃だったろう。
吸い込まれていく原稿が相手に届く理屈が
まったくわからず
「届きましたか」
と送った後に電話した。

そうそう残業の夜食といえば、蕎麦屋のドンブリものが常だったが
「ピザが食べたい」
というH社長の一言で、初めて宅配ピッツァをとるという作業に参加したのも
渋谷の並木橋に近い、あの事務所だった。

「ピザですか」
Kさんは、念をおした。

Hさんは、おそらくブルースの街ウィンディシティ名物
シカゴ・ピザを連想していたのであろう。

もちろんそんなものが売っているはずもなく
ドミノだったかどこだったかに注文した。

こういうのを夜、たべるのか。

カツ丼でお腹が満たされるのとはまた違う
ところにおさまった気がした。

いろんなことを思い出す。

あの本ができた年の暮れ、確か私は息子を産んだのだ。

2017年1月4日水曜日

ライター志望

ライターになりたいという
妹の同級生がいるそうだ。

だが
始めた仕事が
先ごろなくなってしまったという。

いやな予感はしたが
案の定、問題になったまとめサイト関連の原稿書きをしていた。

一題15円だか16円、ともかく
聴き直すのもいやになるようなギャラで
それが千円だかに溜まったら
引き出せるようになるという。
振込料も自分持ちだ。

なんかヘンだなあと思いながらも
勉強だと思ってやっていたらしい。

要求基準も曖昧で
誰にも出来不出来を評価してもらえない
原稿など、ほとんど
一人相撲のようなものではあるが。

なんといっても
妹の同級生というくらいだから
齢五十アラウンドである。

こういう人たちの
いわば、お人好しな努力の上でに
大きな利益を享受している会社連中がいる。

一番わかりやすく反吐の出る構図やん!

彼女がライターになりたいのには
家庭の事情を含めさまざまなフィルターがかかっているらしい。

それはまあいいい。
モノになるかならないか。

確かにそんな彼女が文学賞を獲らないとも言い切れないのだから。

書きたいこと
伝えたいことがあるなら書けばいい。

それは今の私に対して投げかけている言葉でもある。




2017年1月3日火曜日

終わりゆく三が日

さて、ぼちぼちやるかと
寅さんを観ながら事務仕事をしていたら
デザイナーさんからメールがきた。

頑張っておられることと思いますが と ある。

○○は180文字。××は120文字。
そうだな、やらなきゃな。

腰はあげたが、何も頑張ってはいない。
しいていえば、間違えずに請求書や書類をつくることは
私にとって平均以上の力を要するわけで
その点では頑張っていた。

2日に実家に言ったお礼かたがた
母に電話。

「集まれてよかった。他の人は娘の家に行ったとか
孫たちが来たとか言うけど、私はもうおねえさん(私のこと)
Rちゃん(私の妹)のところにも行けないから」

私の責任もあるようで、少しばかり辛い。

「さみしいからよかったよ」

初めて、さみしいと言ったのを聞いたような気がする。

今年母は米寿を迎える。
息子(つまり私の弟)と暮らしてはいるが
身体のまわりに
もう自分ではどうにも埋まらない時間と空間があるのだろうか。

米寿のお祝いをどこか田舎でないところでしてあげたい。

私にとって家族はずっとずっと
良くも悪くも大きな存在であった。
最近、そこから卒業して生きる手はずもあるはずだと
思うようになった。
だが、母という存在だけは邪険にすることができない。
まだまだ、なのだろうか。

Spotifyは、Classic Acoustic。
思いがけずビートルズ率が高く
In My Lifeが耳に残る。

あ、耳といえば、少しずつ減らしてきたステロイドを飲むのはこれでおしまい。
耳にシャがかかった感じはまだとれず。
ときおり、ふわりとめまいもするが
目のかすむ感覚はなくなった。
つきあっていくしかない。

2017年1月2日月曜日

男はつらいよ

熱のせいで目覚めてしまった夜中から
Gyaoで男はつらいよを観始めた。

第一作から
ほぼ毎日見つづけたがようやく48本中半分だ。

正直に言おう。
しっかり観たのはこれが生まれて初めてだ。

小林信彦が渥美清について書いた本などは読むくせに
国民的映画という、うたい文句が苦手で
つまみ食いしていただけであった。
やっぱり駅前シリーズの方が面白いよね
なんてうそぶいていた。

しかし、これがやはりというか見飽きない。

寅さんは、ろくでなしだ。
まともじゃない。

だが、トランク一つで
虚と実の間を揺れ動きながら
生きていく寅さんを邪険にはできない。
身内という実の部分で関わるのはカンベンでも
しがらみの外で出会うなら
磁力を持った人物であることは
少なくとも私にとって、まちがいない。

わたしは虚の世界で
勝負する人が好きなのだ。

テキヤという道に近いところでの
商いもいい。

そういう寅さんの人生を
俯瞰しながら眺められるのだから
これ、悪いはずもない。


とらやの事情は、近所に駄々漏れである。
いつも窓や戸口があけっぱなしのとらや。
炬燵だけでは、冬などさぞ寒いであろう。

恥ずかしいことの数々を駄々漏れにしながら
生きていた時代の人間模様である。

周囲の人たちも、冷ややかな目を浴びせることはあっても
恥ずかしきことを
お互い様と認め合っているようなところがある。

身分の違い、あたりまえ。
見目の違い、あたりまえ。
都会と田舎の違い、あたりまえ。

逆に言えば、違うところから
人と人がいかように交じり合うのか。
その心のやりとりに
面白みがある。

あとは、電話かな。

公衆電話で10円玉の落ちるテンポが
物語によい具合のリズム感を醸している。

考えたら、メールって冗長だ。
ここまでとしなければ
いつまでたっても関係に終わりというものがない。

ひといきつけない時代になってしまったんだなあ。

他にもいろいろ感じることはあるけど
まずはまだ休み気分の間に
続きを観るとしよう。

2017年1月1日日曜日

2017年元旦雑記

新しい年がやってきた。

風邪をこじらせ、思わず耳を痛めたりしたため
12月後半はただひたすら時間に揺られるように
過ごしていた気がする。

そんなわけで、情けないことに
大晦日まで仕事を引っ張ってしまった。

そして気がつけば新年だ。

息子は大晦日も元旦も変わらない。
夜通し騒ぐなんてこともない。
思いついて初詣に誘ったが
まったく関心がないようだった。

せめてもの昼ごはんは、
かしわと、昨日スーパーで求めた
富山のしろえびかきあげを入れた
スペシヤルうどん。
あぁ、お餅を食べてない。

穏やかな日のせいか、小さな神社なのに
初詣には列ができていた。
日なたは温もっている。
並ぶのを苦に感じそうでなかったから、素直に並んだ。

みんな家族で来ている。

うしろの小さい娘を連れた若夫婦は、厄年の心配をしている。
「今日、●●八幡にいきたかったな~」
「前厄だから、明日は●●大師行こうか?あ、××大師まで行っちゃう?」
ダンナさんのほうがいやに饒舌だ。

「女の人って厄年は60までないのか。いいなあ。でも厄年って
別に何もなかったよなあ」
「遠距離恋愛だった」とおくさん。
「そうだったっけ」
「あんまりよくなかった」

娘さんがお賽銭を入れたいというと
「いいなあ。お年玉全部いれちゃうか。パパ、どうしよう500円入れたほうがいいか。
そうか、ママと△△とあわせて615円だな」
あははと笑う。

この人がダンナさんだったら
真面目そうな人だけど、飽きちゃうかもなあと
失礼ながら
わたしは背中で話を聞いていた。

私の前のご夫婦は、何枚か賽銭を投げて手を打った。

私は10円玉一枚しか握っていなかった。
鈍い音が、大きく賽銭箱に響いた。

おみくじ。100円  小吉----------------------

「話すことの大切さ」
悩みや苦しみがあるときに思い切って誰かに話してみる話してみると
心が浄化されたように感じます。それは感情を言葉にすることで、自分自身の
中で問題点が整理され、自分の気持ちを冷静にとられられるようになるからです。
何でも話を出来る人を作り、大切にしましょう。
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誰かが一所懸命書いてるんだろうなあ。

こういうの書くの嫌いじゃないなあ。
えーと
健康 病あれど良薬みつかる。  これはありがたいね。
仕事 時は金なり。俊敏な対応を。 手際よくやんないとね。
失物 出にくい。低い所。   あぁ、なるほど床に散らばってるからね。
恋愛 押しの強さで成就する。 押すだけの気力なし。
縁談 今の相手と添い遂げよ。 窮屈でも目移りしてはならぬと。

勝負 強気に出て勝負あり。

これは今年の私の思いに合致する。

でも、と言わない。
強い気持ちで、グッドバイブレーションを醸せるように
生きていかなくちゃ!