2016年6月26日日曜日

自分史のアドバイザー資格

早起きして横浜へ。

自分史活用アドバイザー講座を受講する。
朝9時半から夜7時までの長丁場だ。

受付開始時刻から少し過ぎてから
部屋に入ると、4人がけ4つのテーブルはおおかた埋まっていて
一番前に座ることになった。


そのため最初の自己紹介も
トップバッター。
ついしゃべりすぎて、早く終わるよう促される。
はずかしい。

最初のワークは、生まれてから40年あまりのトピックを
Excelーシートに1年ごとに書き込んでいくというもの。

得意である。

物心ついてからは1年1年が
鮮やかに思い出される。

入学、結婚といった節目は基準になるが
それ以上に、出会った音楽や、夢中になった遊び、
出会った友だちの顔が、歴史の目印になる。

しかしさすがに30歳も半ばになると
だんだん1年というくくりが曖昧になっていくのは面白い。

セミナーの内容は実践スキルというより
こうした自身の人生を改めてふり返ったり
自身に問いかけるようなワークが多かった。

実際に相談を受けたときの対処法であるとか
編集法といった具体的な話しを聞きたかった気もする。

だが、文章だけでなく、映像を効果的に使う方法や
さまざまな自分史のあり方に考えを広げることができたのは
収穫だった。

なにより様々な経歴を持つ参加者の方と
お話できて、あっという間に時間がすぎた。

いろいろな分野でライターの仕事をしてきた私だが
結局いつのまにか音楽の話になってしまう。

そうなんだよな。
私が一番一所懸命関わってきたことって
やっぱりなんといっても音楽なんだ。

だから日経新聞にあるような社長さんの一代記なども
書いてみたい気持ちがないではないが
私の売りは、やはり音楽であり、カルチャーであり
市井の人たちの生活史なのだ。

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つい「ポジティブ・シンキングは好きじゃないなあ」
とぼやいてしまうことがある。

ポジティブを否定するわけではない。
ただ、陽のあたるところばかり礼賛するような
考え方にはなじめない。

自分史を考えるときも同じだ。

自分史は必ずしも成功体験の記録ではないと思う。

光があれば影がある
影の後ろに光がある。

ひっくるめての人生だ。

だからこそ誰にでもマイ・ヒストリーはあるのだろう。

その人の携わってきたことは
すべて今につながっている。

過去をたぐりよせ
「私は、ここにいる」
と確かめるのが
自分史の効用。

それをどう捉えるかは、その人の手に委ねればよい。

道の途中であれば
迷ったまま、そこに立てばよい。

30歳で自分をふりかえり、
また歩き出す自分史
なんていうものがあってもいいだろう。

つまずいてシニカルな笑みを浮かべるのであれば
それもまた、その人の選んだ道だ。

で、なんやかんやで
人生まあ悪くなかったかと思えれば
めっけものではないだろうか。















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