2012年10月5日金曜日

島田和夫さん

憂歌団のドラマー島田和夫さんが亡くなった。

私がこれだけ呆然としたのだから
40年も一緒に過ごしてきた方々の無念さはいかばかりかと
それを考えるといたたまれない。

いたたまれない、という表現はふさわしいのだろうか。
虚しい、寂しい、悔しい・・・

いったい何と表現すればよいのだろう。

言葉が無力だ。

7月に、初期マネージャーの(初代ではない)
奥村ひでまろさんにインタビューさせていただいた。

訃報を聞いたのは
ブルース&ソウル・レコーズ誌のために書いた原稿に関する
ひでまろさんからの校正を待っているときだった。

暑い日の大阪の喫茶店で
とんちんかんな私に2時間近く根気よく
京都でなぜブルースが熱く燃えたのかを語ってくださった。
もちろん憂歌団の話もした。

最近、シンガーとしても活動しているひでまろさんが
「わかりあっている島田とやれるのがうれしい」
と話していたことを思い出すと、胸がしめつけられる。

そして、ブルースを支えてきた
リズム隊の大切さも話にのぼった。

 ウエストロードの小堀さん、照夫さん。
 サウス・トゥ・サウスの藤井裕さん、正木五郎さん
 ブルース・ハウスのもっちゃん・小川さん
 そして憂歌団の花岡さんと島田さん


この春、大阪のS.O.raで別のインタビューをしているとき
リハーサルのためにいらした島田さんとご挨拶したのが
最後になってしまった。

久しぶりにお会いした島田さんは
セッティングすると言って
ダンボールを運び込んでいた。

その日のライヴで叩くらしいときいて
わぁ島田さんらしいなぁ、
いろいろ挑戦されてるんだなぁと
感心したものだ。

そうだ。スネアってブラシっていうものでも叩くんだ!
その昔、はじめて憂歌団を聞いたときに知って、びっくりしたものだった。
島田さんは憂歌団のと説明されることが多いが、それだけではない。
特に関西の音楽シーンでは、いろいろな方にとってなくてはならないドラマーだったのだ。

今年、大阪に行ったときにお会いした方々の言葉から、強くそれを感じていただけに、
本当に残念でならない。


思い出すのは、人あたりの柔らかい笑顔ばかり。

人の死に優劣も順番もないのは知っているが

それでも思う。
今はまだ死んではいけない人だった。


中には、気弱になってメールを送ってきた人もいたけど、


死んじゃだめだよ!と返事をした。





まだ少しでも永くやっていきましょう。いや、皆さん、やっていってくださいね。

10月に決まっていたライヴは、予定どおり行われると聞きました。


島田さん、ありがとうございました。どうぞ安らかに。







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