2015年2月15日日曜日

シーナと掃除機

昨夜はライブ会場にいたのだが
マスターにシーナさんの訃報を告げられ
少なからず動揺してしまった。

もうお会いできないなんて信じられない。

女性ならではの愛情にあふれた方でした。

先に旅立たれた鮎川さん、お嬢さんたちの気持ちも
いかばかりかと思います。
だからなおさら辛い。

そういえば2005年にブルース婦人部が
渋谷のテラプレインで5日間にわたってお手伝いした
ハリケーン・カトリーナの支援ライブにも来ていただきました。

シナロケは、たとえ小さなハコでも
志があれば応えてくださる方々。

ブルースのライヴにもたくさん出演してくださった。

そしてなぜか思い出すのは
マイクを握ったホトケさんが
シーナの方を見やる、うれしそうな顔。

スタイルは違うけど
いつも同じ空気を吸ってきたシーナ。


Facebookのタイムラインにあふれる、いろいろな方との
アフターアワーズの記念写真を見るにつけ
一つも嫌がらず写真に収まった
シーナさんのことを思いました。

気さくな、という印象はそんなところにも表れています。

(以下、Facebookにも載せた文章に加筆しました)

シーナというと掃除機を連想します。
うろ覚えですが、子どもを育てながら
それでも歌うのが好きで好きでたまらなかったシーナは
掃除機をかけながら、ロックをかけ
いや、ロックを部屋に流しながら、掃除機をかけて
ステージに立つ姿を夢見ていたという
そんなエピソードがあったと思います。
演奏ではないけれど
子どもを育てながら、音楽の現場に居続けたいと思っていた私の
背中をぽんぽんと叩いてくれるような話でした。

くらしと共に音楽はある。

最近、とみに強くなるその想いの底には
そんなシーナの姿もありました。

その後、赤ちゃんを親御さんに預け
シーナは東京へと旅立ちます。
この話にも驚いたなあ。

シーナが見えないところで
どんな努力をしてきたのかは知る由もありません。
でもヴォイス・トレーニングより何より
たぶん、歌いたい!と決めたら、すぐマイクを握ったのではないでしょうか。
明日ではなく、今日、今このとき歌いたい。
それがシーナの魅力だったような気がします。
ジロキチ・オン・マイ・マインドに、どうしても入れたかった
シーナ&ロケッツの写真。
満員のジロキチでお客がどんどんステージに迫り
立つ場所が30センチ四方くらいになってしまっても
最前列の男の子の頬をぴちゃぴちゃと叩きながら
楽しそうにシャウトしたシーナ。
この話が大好きでした。

ステージではもちろん
ご近所のよしみで時々、道でお会いしたときも
笑顔だったし、気さくに立ち話してくださった。

ありきたりな表現だけど
愛があふれていました。
愛って、器から、なかなかあふれてこないものでしょう。

私は特別シナロケのライヴに熱心に通ったわけではないけれど
なぜ、こんなに寂しいのだろう。
いつもそこに咲いていた花が
探しても探してもみつからなくなってしまったような
無念さを覚えます。

どうぞ安らかにお休みください。

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