2011年10月29日土曜日

不惑のアダージョ

ウェブサイトを開くと、よく眼に飛び込んでくる広告のコピー。
「うそ!40歳に見えない」
「あの人が50歳。その秘密は」

電車の中吊りを見ても
「ママを感じさせない体型づくり」 だの
「40歳からがいいオンナ」 だの
終わりなき、めんどくささのオンパレードだ。

そりゃ、若く見られたら素直にウレシイし
シミ一つ、白髪一本に一喜一憂もする。

でも、容貌と肉体の衰えに
必要以上に抗うことを促す風潮はいかがなものだろう。

杉浦日向子さんは『食・道・楽』の中で書いている。

<いつまでも若く美しくは、ロウ細工の食品サンプルと悟るべし>

◆四十歳・更年期を迎えたシスター

井上都紀(いのうえ・いつき)監督『不惑のアダージョ』の主役は
更年期を迎えた修道女である。

四十歳。

閉経するには少しばかり早い。
それだけに、とまどいと焦りもひとしおだ。

性、生理、出産、親との関係。

毎朝、毎朝、じゃっじゃっと米を研ぎ
一人で簡単に済ます朝ごはん。

教会で信者のためにオルガンを弾き
礼拝が終われば、オルガンを磨き蓋を閉じる。

変わらぬ日常は慣れてしまえば心地よいものだが
一旦疑問をもつと、何もかにもが足りないように映る。

朝起きたら、そこにいたブルースに気づく。
それが更年期の始まりなのかもしれない。

まして教会という閉じた世界から
飛び出るのは簡単なことではないらしい。

そこに転機が訪れる。
バレエ教室という“外の世界”でのピアノの伴奏。
躍動する肉体。
華麗に舞うバレーダンサーに覚えた心のざわめき。

やがて、彼を含めた3人の男性との出会いが
神のみに身を捧げると決めて生きてきた修道女に
安息の時をもたらす・・・。

映画は性から目をそむけてはいないが
かといって、赤裸々でもなく
適度にエロティックで、そしてぎこちない。

同じ更年期世代から見ると
その描写はもどかしいほどだ。

◆カタチとココロ

だが、むしろ印象に残ったのは
自分をがんじがらめにしているものからの
解放を示唆するシーンだ。

遠くから眺めているだけだったバレーダンサーに
自分のピアノ伴奏はどうですかと問うシスター。

それに対し、彼はこんな感じの言葉を返す。

あなたは譜面どおりに弾いているけれど
それでは物足りない。
もっと自分の踊りを見て演奏してほしい。

彼女のピアノは人を踊らすことのできるピアノではなかった。

カタチは整っているけれど、
ココロには響かない。

ある意味、杉浦日向子さんのいうところの
ロウ細工のようなピアノであったのだ。

40代にもなると
決まり事に流されることが多くなる。

体力や気力の衰えもあって
カタチから抜け出るのが面倒くさくなる。

だが、そのままでは押し寄せる衰えに負けてしまう。
かといって
見かけばっかりのロウ細工にはなりたくないから
もう一度、慣れから解き放ってやらなければならない。

オンナは静かに闘う。

登りばかりだった時には気づかなかった
下り坂だから見える風景だってあるはずだ。

◆秋もまた美しい

私は、春、それも春の初めが一番好きだけれど
最近、秋も悪くないなと感じるようになった。

3月の土手に立ったとたん
あまりの芽吹きの勢いにくらくらと倒れそうになったことがある。
春の勢いを受け止めるには、
少々エナジーが欠けてきたのかもしれない。


====不惑のアダージョ==== 
11月26日 渋谷ユーロスペース ほかで全国ロードショー

http://www.gocinema.jp/autumnadagio/

監督:井上都紀
出演:柴草 玲 西島千博(特別出演)

主演の柴草 玲は、キーボード・プレイヤー、ソングライターとして
活躍するミュージシャン(私は長見順ちゃんとのユニットで知った)。

彼女自身が音楽も担当しているのだが
さすがにピアノやアコーディオンで伴奏をする姿は
堂に入っている。

そう、ずっしりしているのだ。

スクリーンでも、米を研いだり、
バランス釜の風呂場の床を
たわしでごしごしこすり落とす姿が似合う。

抑制された演技と憂いが強い印象を残す。

女性であれば
日々の暮らしの中で
そんな映画の中の彼女と
自分を重ねている瞬間があることに
ふっと気づく瞬間があるのではないだろうか。

井上監督は、生きている時間にまとわりつく
逃れられないものから目をそむけない。
日に日に、じわりじわりと効いてくる
力のある映画である。




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